no.52_うしろめたさ のない生き方を

こんにちは、カレンです!

先日、娘が7歳のお誕生日を迎えました!

2014年に待望の子どもを授かり、なんやかんやあって、7歳を迎えるとは…感慨深いです。娘が生まれたときは、あ~小学校に上がる年に東京でオリンピックかぁ~。めでたいね~。などと言っていたのを思い出します。

まさか、こんな驚きのウィルスに、世界が翻弄されているとは、そのときは夢にも思っていませんでした。

それでも、1年1年がとても愛おしい日々でした。娘と主人のおかげです。

今回は、ちょっと「うしろめたさ」について、考えたので、そのことを書いてみたいと思います。

なんでそんなことを考えたかというと、3/11の東日本大震災の特集をテレビなどで見て、たくさんの方が、様々な想いと向き合い、少しずつ、真実を受け止めながら、もがきながら、生きているというのを目の当たりにしたからかなと思います。

生き残った人たちに うしろめたさ があって、それと戦っていたり…誰のせいでもないのに。大切な家族や友人…その存在に対して抱く、うしろめたさみたいなものが、ものすごく人を苦しめているように見えて。

わたしは、今何か起こったら、どれだけこの「うしろめたさ」に打ちのめされてしまうんだろう。

考えてみると、「うしろめたさ」常にありました。ものすごく若いときから。些細なことから、結構真剣に考えないといけないものまで。

たとえば、子どものときは、「うしろめたさ」とはちょっと違うかもしれないけれど、裕福じゃないという環境に感じていたような気がする。それでも、愛してくれる両親や姉がいて、学校でも勉強もできたから、将来の自分に期待して、それを打ち消していた気がする。

高校・大学に至っては、本当はこれしないといけないけど、眠いとか、遊びたいとかで、本当にするべきことをしないでいたうしろめたさ。

先生になるしかないかと臨時的任用講師になったときは、本当は、先生にはなりたくなくて(なぜなら自分のキャパオーバーで先生になったら自分の家族を犠牲にしてしまうなと思い知ったから)、それに、自分は留学がしたいからとりあえず働いていたという…周りの期待はしっかり教員採用試験に合格して、先生になることだったけど、絶対にならないと思っていた「うしろめたさ」。

留学から帰ってきたときは、ブラック企業にひっかかって、ひどい環境に身を置いている自分のふがいなさ、育ててくれて期待してくれた親への「うしろめたさ」。こんな体たらくな状態に、自分自身にうしろめたさを抱いていたな。

結婚してからは、仕事で認められて頑張っているけれど、それに見合ったお金は稼げていなくて、家事と育児も両立できていなくて、家族に我慢させている「うしろめたさ」。

そうして、乳がんになり、大切な人たちに苦しい思いをさせた、さらに医療費でものすごくお金を使わなければならなかった「うしろめたさ」。

しばらくは、全く稼いでおらず、ただ生きていくだけでお金がかかってしまう自分の存在への「うしろめたさ」。

そんなたくさんの「うしろめたさ」に打ちひしがれたいたけれど、今は…確かに、お金の面では主人に申し訳なさはあるんですけど、うしろめたさということではなくて…なぜなら、本当に自分のためだけのお金ってもう使わなくなっていて…いやもうお金が本当にないからともいえるんですが、つまり贅沢はしていなくて、うしろめたさとはなんか違うんですよね。

この感覚の変換は、完全に主人のおかげで。彼の「生きてるだけでいい」という言葉に、わたしは今までの捕らわれから救われたのです。稼がないわたしに、存在する意義を見出してくれる主人と娘の存在に気付くという。こんなに嬉しかったことはないかも。

その言葉があってから、自分の健康や心をとても大切にするようになって、そうしたら、子どものころから理想として描いていた子育てや家庭での過ごし方ができるようになって。

気がついたら、今、「うしろめたさ」から解放されているなって。

それでもあるとしたら、英語を頑張ってきたのに、それを活用しないでいることには、「うしろめたさ」があったんだなと思います。自分への裏切り。周りの期待にも応えていない。それで、英語講師を目指そうを思うにいたったわけですね。

うしろめたさ、罪悪感に苛まれない生き方を選択していくことの大切さがわかって、今がある気がします。

これから仕事を始めるにしても、うしろめたさや罪悪感が生まれるような選択はしないようにしたいと思います。

また、それは、娘にもことあるごとに、何かを決める基準として、伝えていければなと思います。

「うしろめたさ」を生まない生き方、したいですね!

今回もお読みいただいてありがとうございました!それでは、また。