no.10_乳がんからの気付き〜子ども編〜

2020年8月26日

こんにちは、カレンです。梅雨が明けて一気に暑くなりましたね…気を張っていても熱中症に近い感じに陥りそう…水分を意識的にとって予防しましょう。

今回は、子どもについての気持ちが、病気を経てどのようにかわったかについて書きます。乳がんがわかったとき、娘は保育園の年少さんでした。保育園に入って2年目でしたね。園での生活に慣れてきてはいたものの、わたしが仕事との両立でヒーヒー言っていたときです。まさに限界まで頑張っていました。そんなわけで、娘は朝は起こしてもすぐにはご飯も食べないし、苦肉の策で小さなおにぎりをラップに包んで保育園までの道のりで食べさせる(歯磨きなし!涙)、保育園に行きたくないとぐずる娘にガミガミ怒って、急がせて急がせて、嫌がる娘を無理やり置いていく…そして仕事は遅刻ギリギリ…みたいな生活を送っていました。娘は、淋しかったと思いますよ、朝8時には保育園に預けられ、お迎えは17時過ぎか遅いと17時半。帰ってもわたしは夕飯づくりで遊んでやることもできず、食べたらすぐにお風呂、はいはい寝ようって…常にイライラしていたというか、仕事のことも頭にあったので、戦闘態勢というか、そんな日々を送っていました。土日は、平日に家事ができない分、どうしても家事をしなければならず、夫が協力してくれるものの、子どもはその間はぐずり、残りの時間はわたしにべったり。ふたりでお人形ごっことか延々として、はい、ご飯作るから終わりね~という言葉でまた泣きに入るという…このときは、夫は子どもと積極的に時間を過ごしてくれなくて、というか、娘もママがいい!だったし、つまらないですよね。それでも、夫が娘ともっと遊んでほしいと思っていたわたしは、家事をしてくれているのに、家事じゃなくて!!という不満を募らせてもいました。なんだか、家族の関係もギクシャクですよね。同じ家の中にいるのに、わたしと娘だけが違う部屋で遊んでいて、夫は家事か好きなことをしている…せっかく家事をしてくれているのに、わたしが家事できてなくてゴメン、的な気持ちにもなる。家事をされればされるほど、わたしはダメな奥さんというレッテルを貼られている気がして、気持ちが滅入る。だけど時間はない。あ~今思い返すとカオスです。ひとりでなんでもできるわけないのにね。

娘にイライラしてしまう自分を責めてもいましたね。もっと時間をかけてやりたい、だけど毎日余裕が全くなくって。小学校に入ったら、仕事はフルタイムになってしまうし、もっと時間が無くなるのか…と強烈な不安とも戦っていました。わたしは、幼いころから子どもが大好きで、特に小さい子はものすごくかわいがるタイプでした。面倒見たいタイプというか。一時期は教師を目指したこともあり、それだけ自分は子ども好きだと思っていました。なので、自分が子どもをもつようになったときの憧れもとても強いものでした。こんなこともしたい、あんなこともしたい、と。ですが、あまりに仕事が目一杯で、気がつくと、一番大切な存在である娘や夫を犠牲にしていたのでした。忙しいからとないがしろにしていたと思います。そうしたかったのではなくて、そうしないと回らなかった。だけどそれは、わたしが憧れていた子育てではなかったです。それでも大好きと言ってくれる娘、かわいくて仕方なかったけれど、面倒くさいと思う時もあった。それだけ、体力的にも精神的にも追い詰められていたと思います。

ところが、突然の乳がんの発覚…今まで離れたことのない娘と手術のため2週間以上別々の生活を送り、会いたくて会いたくて、我慢している娘がかわいそうでかわいそうで…なにやってるんだ、わたし…と。娘と夫をわたしが幸せにするんだと思っていたのに…と。これは、前回も書きましたが、いけませんね。一緒に幸せになればいい。そう思われている娘と夫は不幸でしたよね。犠牲のもとに、幸せになりたい家族なんて、いないんです。わたしは、もっと自分を大切にして、3人で幸せになればよかったのです。そんなわたしを、退院後は夫も娘も、大切にいたわってくれました。抗がん剤の副作用で髪は抜け、放射線治療でもわたしは肌が弱く火傷のようになってしまったので、治るまでのしばらくはなんだか娘にみせるのは忍びないというか、ショックを受けさせたくなくて、お風呂は夫が入れてくれるようになりました。あんなに苦痛だった娘のお風呂入れが、できなくなってみると、とても愛おしいものに思えました。皮膚も治って、髪の毛も高校球児くらいにまで伸びたところで、娘とのお風呂が復活しました。一緒に湯船につかる幸せをかみしめました。こんな時間も、わたしの幸せの時間だったんだと気がつくことができました。また、仕事も休んで、保育園にもゆっくり登園、お迎えもとても早い時間に行くようになりました。そうしたら、時間ができて、帰りに公園でお友達と遊ばせたりもできるようになりました。仕事をしていたときは、そんな時間は一切取れませんでした。それが、ゆったりと遊ばせ、その時間にママ友とお話ししたりして、よい関係を築くこともできました。

今考えると、娘のおかげで命びろいしていることもあります。甘えん坊でなかなか断乳もできなくて、確か2歳になってもまだお乳をあげていたと思います。でもそのおかげで、乳がんはもうそのときあったはずなのですが、進行を遅らせることができていたんですよね。お乳を上げている間は、乳がんの餌となるホルモンが出ないので、乳がんは進行しにくいんです。なかなかお乳がやめられなくて困っていたのですが、感謝です、娘に。本当は、2人目も欲しかった最中にわかった乳がんでした。妊娠すると、女性ホルモンのシャワーを浴びるようなものなのだそうで、乳がんには格好の餌になってしまうそうです。なので、たくさんの方が、妊娠をあきらめています。わたしも、2人目をあきらめるのは、ものすごく辛いことでした。けれど、1人の娘とも、向き合い切れていないわたしには、これでよかったのかもしれません。乳がんを経て、自分を大切にするようになり、本来やりたかった子育てが、向き合い方ができるようになりました。とても幸せな時間です。わたしの娘はひとりですが、渾身のひとりなのです!そう言えるようになりました。娘はとてもとてもかわいいです。今しかない時間を大切に生きられるようになりました。娘も、とても幸せそうです。これも、キャンサーギフトだと思っています。

今回もお読みいただきありがとうございました。次回も、気づきの続きを書きたいと思います!本格的な夏が到来しました!あっついです!皆さん、お身体にお気をつけてくださいね。ではまた。